どんなテーマがおもしろい(良い)研究テーマと言えるのでしょうか。
自分が実験をやってて楽しければそれでよい?
「なぜ申請書を書くのか」を思い出してください。研究のサイクルは申請書による研究費獲得→研究→論文です。自分が楽しい研究と世の中に価値がある研究は別物です。研究費を獲得するプロセスが組み込まれている以上、自分の興味を満たすだけの研究は早晩行き詰まりますので、ある程度は研究費を稼ぐことを念頭に、他者・社会にとって価値のある研究を行なう必要があります。本当にお金持ちで、趣味として研究を続けるのであれば自己満足の研究でも何も問題がありませんが・・・
「宇宙の果ての探索」などの未解決問題?
確かに解決できたらすごいですよね。私も知りたいです、宇宙の果てがどうなっているのか。しかし、研究テーマの魅力だけでは研究はできません。他の人が解けなかった未解決問題に取り組むときには何かしらの勝算(アイデア)が必要です。
どんなに魅力的な問題でも、現在の技術では解けない問題は数多くあります。私たちの時間や資金は有限ですので、具体的なアイデアと見込み(傍証・予備データ)などがない限り、そうした問題には手を出すべきではありません。テーマが魅力的である分だけ撤退が遅れ、取り返しのつかないことになります。
また、よくあるテーマ設定として「XXXは明らかにされていないので、XXXをする。」というものがありますが、これも問題です。研究である以上、明らかにされていない問題を取り扱うことは当然ですので、未解決問題であることは、取り組む価値があることを意味しているわけではないことを理解すべきです。また、「取り組む価値がある問題であり、解決方法もあるのであれば既に誰かが取り組んでいるはずである」ということを理解する必要があります。もしかしたら、あまりにもしょうもないので、あえて誰も取り組んで来なかっただけでは?という質問に答える必要があります。
結局、おもしろいテーマってなんなの?
ずばり、
おもしろいテーマ = 1.問題の重要性 ☓ 2.どれくらい理解できたか (☓ 3.かかる時間 ☓ 4.多様性)
です。
おもしろい研究テーマとは、その研究によって重要な問題を解決するものです。では、「問題の重要性」「どれくらい理解できたか」[時間]「多様性」とは具体的に何のことでしょうか。
1. 問題の重要性
これはわかりやすいですよね。「宇宙の果ての探索」は問題の価値としては十分すぎるほどです。逆に、「何が問題として残っているのか」で例に挙げたような、「ニンジンは空を飛ぶか」といったテーマは問題の価値としてはゼロに近いです。
問題の重要性をもう少し具体的に定義すると、以下のようになります。
・未だ意見が対立しており、決着のついていない問題
・これまでの考え方を根本から見直さないといけない問題
・これからの研究の方向性を決定づける問題
いずれも、申請者だけでなく、当該分野あるいは周辺関連分野、社会全体に影響を与える内容であることが重要性の鍵となっています。
2. どれくらい理解できたか
どれぐらいのレベルで問題が解けるか(解けそうか)です。もちろん簡単な問題ならほぼ100%の達成度で解決できるでしょう。しかし、問題の価値が低いものを研究対象としても意味がありません。
達成度と問題の価値の両方を考えながら、テーマを選ぶ必要があります。これについては、次の「おもしろい研究テーマの見つけ方」で詳しく説明しますが、なるべく重要な問題かつ申請者ならば60-80%くらいで解決できるところを狙うことになります。
100%の達成度で理解するためには膨大な時間を要するので、大枠での理解を目指すことがポイントです。大筋に影響せず細かな枝葉は他の人にやらせておけば十分です。
3. かかる時間
どんなに重要な問題を解けるとしても、時間がすごくかかるのであれば、研究の完成は日の目を見ないかもしれません。大抵の研究費には期間が設定されていますし、私たち自身もお金をかせぎ食べていかないといけないからです。
ですので、現実的な問題としてある一定の期間内で解決できる問題を扱わなくてはいけません。もちろん、一つのテーマを一生かけて取り組むというのは素晴らしいことですが、ここで言っているのは個々の研究プロジェクトレベルでの話です。
4. 多様性
解く価値のある問題は多くの研究者が挑戦します。しかし、誰も挑戦しない問題が解く価値がないかというとそうではありません。研究テーマの流行や、問題の価値が広く共有されていないなどの理由によって放置されている研究テーマは数多くあります。また、同じような研究なら(何をもって同程度とみなすかはすごく難しいですが)、属性の多様性も重要な要素です。
そのため、審査員はなるべく研究の多様性を確保しようとする傾向にあります。具体的には、女性研究者・ひと昔前の手法を使った研究や枯れた研究分野・マイナーな題材を用いた研究などです。若手枠や外国人枠といったものもこの範疇です。
問題の価値や解決度といった指標にくらべると政治色が強いですが、それも含めて研究です。自分の専門分野が少ない領域に飛び込んだり、ある分野では誰も挑戦していない解析を異分野を参考に挑戦してみる、など戦略的に研究の多様性を確保することは、採択の可能性を高める有効な手段です。
面白くないテーマを考えた方が早いかもしれない
「何が問題として残っているのか」でも述べたように、最悪なのは、「わかっていないから、やる」という理由だけでテーマを選定することです。繰り返しになりますが、わかっていない問題は山ほどある中で、なぜ、あえてその問題を選んだかを説明する必要があります。
また、やればできることだけを研究テーマとするのも、面白みに欠けます。もちろん、こうした研究には一定の価値はあるのですが、こうしたテーマを好む研究者はそれだけをやり続けることで量産体制に入ろうとする傾向にあります。研究スタイルによる所が大きいので、一概には言えませんが、面白いか面白くないかで言えば、後者でしょう。
似たような例に「銅鉄実験」があります。有名なので詳細は説明しませんが、銅でわかっていることを鉄に置き換えてやってみる、というやつです。これも、研究としては成立しているのかもしれませんが、どこまで価値のある問題かという点で疑問が残ります。
まとめ
私たち研究者は、未知の大海に設置された飛び石(すでに明らかにされた知見)をつたって、これまでの知識に追いつき、今まさに世界の最先端にいます。目の前に新しい飛び石はありません。おもしろい研究とは、既にある飛び石と飛び石の間を埋める研究や飛び石の大きさを広げる研究ではなく、海におちるリスクを背負ってでも、どの方向に・どれくらいの距離に次の飛び石を置けば良いのかを提案し、それを実行する研究です。
飛び石の間を埋める研究ももちろん大切なのですが、それでは研究のフロンティアを切り開くことはできません。学振や科研費をとるための「置きに行った」研究はありかもしれませんが、研究者として人類の知に貢献する際のテーマとして選ぶべきではありません。バックアッププランの一つくらいの位置づけです。
飛び石を置く方向は、後の研究のあり方にも大きな影響を与えます。つまり、おもしろい研究とは、次の研究の潮流を生み出せる研究のことです。NatureやScienceなどのトップジャーナルがインパクトを重要視しているのはこうした理由です。結果として飛び石を置く方向性が間違っていたかどうかは問題ではありません。多くの研究者に影響を与え、その結果、良くも悪くも研究や議論が盛んになることが重要なのです。
日本で研究していると、論文に発表する結果は全て正しくなくてはいけないと思うあまり、一つのことを示すのに過剰な実験を繰り返します。しかし、外国(特にアメリカ)では、報告したことが結果的には間違いであったとしても、「あの時利用可能なデータでは、あれが一番合理的な解釈だった」といい、気にしません(本心はショックなのでしょうが)。膨大かつ慎重な実験データに裏付けされた信頼のおける研究は日本の良さでもあるのですが、外国の研究者とまったく違うルールで戦っている感は否めません(これは完全に余談ですが)。